2007-09-06(Thu): 倉田敬子さんの新著『学術情報流通とオープンアクセス』への末廣恒夫さんのレビューと、前著『電子メディアは研究を変えるのか』への私のレビュー
新刊として倉田敬子さんの『学術情報流通とオープンアクセス』(勁草書房、2007年、2730円)を紹介したが、
・「『学術情報流通とオープンアクセス』(倉田敬子著、勁草書房、2007年、2730円)刊行」(編集日誌、2007-08-27)
http://d.hatena.ne.jp/arg/20070828/1188255621
末廣恒夫さんが早速レビューを書いている。
・「学術情報流通とオープンアクセス」(Copy & Copyright Diary、2007-08-29)
http://d.hatena.ne.jp/copyright/20070829/p1
残された大きな課題を指摘しつつも、基本的には「非常に良い本」、「今後10年間は学術情報流通研究の基本書となる」、「学術情報流通研究の集大成」と絶賛。私もまだ一読しただけで、じっくりと再読中だが、基本的に同感だ。追って、なんらかの形で詳細にコメントしたいと思う。
取り急ぎ、倉田さんの前著(編著)である『電子メディアは研究を変えるのか』(勁草書房、2000年)向けに以前書いた書評を再録しておこう。
「電子メディアの出現と科学コミュニケーションの未来」
・『電子メディアは研究を変えるのか』(倉田敬子編、勁草書房、2000年、3360円)
http://www.amazon.co.jp/gp/product/4326000260/arg-22/題名から察せられる通り、電子メディアの「衝撃」を研究という分野に絞ってまとめられたものである。編者の倉田氏をはじめ、執筆陣は慶應義塾大学の上田修一氏のもとで図書館・情報学を修めた人びとであり、このテーマについて現在考えられる最高の顔ぶれだろう(なお本書の一部は上田氏を代表とした科学研究費補助金基礎研究による一連の研究がベースになっており、データの一部は上田氏によって共同研究『研究者の電子メディア利用』http://www.slis.keio.ac.jp/~ueda/sciencemedia/scmindex.htmlとして公開されている)。
さて、「電子メディアは研究を変えるのか」という問いは、電子メディアに関心を持つ人びと、あるいは研究に携わる人びとの多くをひきつけるであろう。だが、本書を読み進めていくには、まず最初に「電子メディア」と「研究」という二つのキータームの定義を、そしてこの二つが結び付けられた「電子メディアは研究を変えるのか」という問いの意味を、きちんと理解する必要がある。
「はじめに」(執筆・倉田氏)に示されるように、本書でいう電子メディアは「コンピュータを介して実現されるコミュニケーションの場……つまり、電子メールや、インターネットのWWWを通じての情報入手、情報交換、情報共有」と定義される。言い換えれば、本書でいう電子メディアは、利用者にすべてを委ねて受動的にたたずむツールというイメージではとらえられない。そうではなく、コミュニケーションという行為と分かちがたく結びついた、能動的な電子メディアなのである。
もう一方の「研究」も、まずもって「『研究』活動におけるコミュニケーション」であり、このコミュニケーションとは「科学コミュニケーション、もしくは学術情報システム」と理解されるものだ。
本書における問いは、このコミュニケーションもしくはシステムのあり方が、それ自体がコミュニケーションの場と定義される電子メディアの出現によって変化しているのか、という点にある。その上でさらに研究そのもののあり方を変化させているかとなる。
つまり、電子メディアが従来の学術情報流通にどのような影響を与えるのか、そしてその結果、研究そのものにどのような影響を与えるのかというロジカルな問いを端的に表したのが、「電子メディアは研究を変えるのか」という書名といえる。
以下、各章の内容を紹介していこう。
第1章「研究活動と電子メディア」(執筆:上田氏)では、まず最初に科学コミュニケーション研究の歴史がひも解かれる。ここではガーベイら先行研究者らによる「科学コミュニケーションをフォーマルな過程とインフォーマルな過程に区分した」(8頁)伝統的な枠組みが紹介され、電子メディアの科学コミュニケーションへの影響を問うことは、すなわちこのような伝統的な枠組みの変化の有無への問いを意味することが指摘される。そして本書の目的が、研究者の電子メディア利用の実態調査にもとづいた把握に、次いで電子メディアによる研究活動の変容の可能性の有無の考察にあることが示される。この後、変容の有無を判断する上での基準となるクロフォードらによる「科学コミュニケーションの新しいモデル」が紹介される。
つづく第2章「心理学における動向」(執筆・村主朋英氏)、第3章「医学分野における動向」(執筆・酒井由紀子氏、角屋永氏)、第4章「物理学分野における動向」(執筆・倉田氏、松林麻実子氏)では、インタビュー調査と質問表を用いた郵便調査をもとに、各分野における電子メディアの利用状況が明かされていく。また電子メディア利用の前提条件であり、促進要因にもなるネットワーク環境と研究活動でのコンピュータ利用の現状があわせて示される。このうち第4章では、電子化が進んだ分野として物理学が注目される理由となっている電子雑誌と刊行前の雑誌論文の原稿を掲載するE-Print Archiveについて、研究者の利用動向が詳しく紹介されている。
なお第3章「医学分野における動向」に「一般的に、研究活動に投じる時間の長さから、少なくとも「研究活動」においては、新しい技術は基礎医学のほうが受け入れられやすいとみなしうるので、インターネットの利用は基礎医学の方が多いと考えられる」(68頁)との記述があるが、ここは幾分説明が不足しているだろう。
第5章「E-Print Archive」(執筆・高島寧氏、倉田氏)、第6章「電子雑誌」(執筆・森岡倫子氏)では第1章で電子メディア特有の動きとして挙げられた「研究成果の早期配布のための手段」(30頁)の一例であるプレプリント・アーカイブと電子雑誌に焦点が当てられる。
このうち第5章では、E-Print Archiveを、研究者が作成したプレプリントを図書館が収集し電子化した上で提供するものと、研究者が直接プレプリントを電子化し公開するものとの、広義、狭義の二つに分け、ここでは後者の狭義のE-Print Archiveを対象に議論が展開される。特に、E-Print Archiveが最も利用されている高エネルギー物理学の理論研究の領域においても、E-Print Archiveはいまだ学術雑誌に取って代わるものではなく、むしろ学術雑誌の機能の一部を補完するものであることが示される。
第6章では、まず最初に1970年代末以降の電子雑誌の歴史、現在発行されている電子雑誌の提供サービス、既存の学術雑誌の電子化状況と提供状況、発行元である出版社や学協会、読者である研究者、電子雑誌の主たる契約先である図書館の抱える問題が概観された上で、電子雑誌の将来展望が述べられる。
第7章「科学コミュニケーションの変容」(執筆・倉田氏)では、第2章から第4章にかけて明らかにされた心理学、医学、物理学の各分野における電子メディアの利用状況が比較検討される。特に電子メール、WWW 、電子雑誌といった電子メディアの形態別にその利用の特色が明らかにされ、電子メディアそのものの利用環境や各分野における研究のスタイル等の電子メディア利用への影響が考察される。そして最後に「電子メディアの利用が、研究活動のあり方を変え」ているのか、という本書の問いへの現時点での答えが示される。
以上にみたように本書は章ごとにみれば極めて専門的な研究書である。その意味ではけして読みやすいものではない。しかし「電子メディアは研究を変えるのか」という全7章約200頁を貫く問いの理解さえ確かならば、次頁への期待が加速度的に高まる貴重な読書経験を味わえるはずだ。これは問いそのものが全執筆者に共有され、各章で繰り返され、次章に引き継がれていくためであろう。ただ視点を変えれば、これは研究の位置付け等の基礎的な解説が、一箇所で明確に述べられず、全編に点在しているともいえる。欲を言えば「はじめに」の部分なりで、こうした解説に頁数を割いてあったほうが、より大勢の読者に訴求力を持っただろう。