2008-08-27(Wed): 加納寛子編「現代のエスプリ」492(ネットジェネレーション−バーチャル空間で起こるリアルな問題)(至文堂、2008年、1450円)

新刊というにはもうだいぶ日が経ってしまったが、

ネットジェネレーション バーチャル空間で起こるリアルな問題 現代のエスプリNo.492
・加納寛子編「現代のエスプリ」492(ネットジェネレーション−バーチャル空間で起こるリアルな問題)(至文堂、2008年、1450円)
http://www.amazon.co.jp/gp/product/4784354921/arg-22/
http://www.shibundo.co.jp/cgi-bin/menu.cgi?ISBN=9784784354924

を読み終えた。

目次は以下の通り。

  • 尾木直樹斎藤環、加納寛子「座談会/ネットジェネレーションを取り巻くバーチャル空間で起こるリアルな問題−闇サイト・ネットいじめ」
  • 加納寛子「リゾーム的に増殖するネットいじめ」
  • 加納寛子「我が国と諸外国における闇サイト・ネットいじめの現状と対策」
  • 原田健男「アメリカにおけるいじめの現状と対策」
  • 金仁培「韓国における闇サイト・ネットいじめの現状と対策」
  • 坂田仰「表現の自由ネット規制法制−未成年者保護の在り方を考える」
  • 河野義章「「いじめ」社会的攻撃・関係性攻撃」
  • 原田順代「いじめ問題の歴史と構造−魔女裁判の視点を踏まえて」 
  • 加納寛子「ネットジェネレーションの特徴(1)」
  • 加納寛子「ネットジェネレーションの特徴(2)」
  • 斎藤環「ひきこもり青年たちはなぜ、仮想現実に逃げ込まないのか?」
  • 下村英雄「ネットジェネレーションの就職活動とキャリア教育−反転するバーチャルとリアル」
  • 山口浩「ネットの中の「世界」と「経済」」
  • 山口浩「ネット技術と社会の変化」
  • 無藤隆「いじめ一般の分析からネットいじめの問題を考える−教育心理学的分析」
  • 赤堀侃司「闇サイト・いじめの蔓延に対し、教育工学は何ができるか」
  • 菱田隆彰「ソフトウェア技術者の昔と今」
  • 芹沢俊介「ネットいじめのない世界」

元々は、執筆者の一人である山口浩さんがブログで紹介していたのを受けて購入したものだ。

・「「現代のエスプリ」no.492「ネットジェネレーション:バーチャル空間で起こるリアルな問題」」(H-Yamaguchi.net、2008-06-15)
http://www.h-yamaguchi.net/2008/06/no492_2e7b.html

数日前に、

ネットいじめ (PHP新書)
荻上チキ著『ネットいじめ−ウェブ社会と終わりなき「キャラ戦争」』(PHP新書、2008年、777円)
http://www.amazon.co.jp/gp/product/4569701140/arg-22/

を読み終えたので、その勢いで続けて読みきった。

しかし、『ネットいじめ』は、

内容を簡単に要約すれば、「学校裏サイト」やネットいじめに対する通説を批判的に検証しながら、ウェブ社会と学校文化などとの遭遇について丁寧に分析している一冊、ということになります。

・「PHP新書から『ネットいじめ−ウェブ社会と終わりなき「キャラ戦争」』が発売するぉ。」(荻上式、2008-07-02)
http://d.hatena.ne.jp/seijotcp/20080702/p1

という荻上さんの自負に大きくうなずく一冊であるのに対し、「現代のエスプリ」492(ネットジェネレーション)は荒さが目立つ。もちろん、すべての論考に難があるとは思わないが、巻頭の座談会が鼎談として成立していないのは痛い。明らかに人選の失敗だろうし、一冊の構成の拙さでもあるだろう。特に加納さんは自身が手がけた

・日米こどものインターネット利用調査
http://www.bba.or.jp/bba/40/post_74.html

に依拠して発言しているのに対して、斎藤環さんは自らの臨床の事例に拠ることが多く、尾木直樹さんに至っては、根拠を示さず数字と実感を述べ立てている。単に依拠する方法論が違うというだけでなく、次元そのものが異なっており、これでは鼎談になるわけがない。尾木さんの発言では様々な数値が引かれているのだが、一つも典拠が示されていない。これは編集サイドの怠慢でもあるだろう。せめて座談会以外のところで、自説を補う主張を尾木さんに書いてもらうべきではないだろうか。

斎藤環さん
http://homepage3.nifty.com/tamakis/
尾木直樹さん
http://www2.odn.ne.jp/~oginaoki/
・加納寛子さん
http://kdwww.kj.yamagata-u.ac.jp/~kanoh/

ところで、目次にあるように、加納寛子さんの論考が一番多い。いたずらにネット規制を叫ぶことなく、むしろ利用を推奨する姿勢には感心するのだが、とりあえず引っかかったところを一つだけ挙げておきたい。加納さんは繰り返し、

子どもたちを発展段階に応じてネット世界へ適切にナビゲートしていくような仕組みを確立する(68頁)

発展段階に応じて徐々にネット世界へナビゲートしていく指導が急務である(136頁)

という考えを述べているが、私は現実的ではないと思う。「ナビゲートしていく」という上位からの目線であることに疑問を感じるし、子どもに対して周囲の大人がネット利用を指導できるほど優位であるとも思えない。子どものほうが先を行っているという現実を見ているようには思えない上に、実態が伴わないにも関わらず「ナビゲートしていく指導」のような上下関係を設ける意味がわからない。加納さんとしては論じきっていない箇所かもしれないが、それにしても不用意な発言だと思う。

もう一つだけふれておこう。

ISPが資本主義のサイクルにある限り、書き込んだ人を摘発することには、何のメリットもない。(50頁)

という一文がある。これは言い過ぎだ。インターネットのサービス事業者の中には、運営するコミュニティーの適正管理に尽力しているところは少なくない。なぜなら利用の安全安心を謳える荒れの度合いが低いコミュニティーのほうが利用者が多くなり、ビジネスとしても成功するからだ。逆に資本主義のサイクルにないISPとはどのようなものか、ぜひ考えてほしいし、教えてほしい。