2008-07-20(Sun): ARGカフェで話したこと−学術ウェブの10年−ARGの過去・現在・未来

私自身の話の内容はなるべく早く文章にして、お読みいただけるようにするつもりです。

・「第1回ARGカフェを開催」(編集日誌、2008-07-12)
http://d.hatena.ne.jp/arg/20080713/1215960266

と記してから1週間。当日のスピーチ用に用意した手元のメモと当日の記憶に基づいて、文章化してみた。どちらかといえば、当日話した内容を正確に再現したものではなく、話したかったことを再度まとめ直したものといえる。当日お越しになれなかった方々の参考になれば幸い。

10年前の今日、1998年7月12日にACADEMIC RESOURCE GUIDE(ARG)(以下、ARG)は第1号を発行し創刊されました。実はARGの創刊日は2つあります。1つはサイトに記載している1998年7月11日。もう1つが10年前の今日、7月12日です。これにはいささか事情があります。ARGが世に出たのは確かに7月11日です。この日、創刊準備号を発行しました。その翌日に創刊号を発行しています。厳密にいえば、7月12日が創刊日となるのでしょうが、ここはあまり難しく考えず、7月11日と12日が創刊日としておきましょう。

さて、創刊以来10年が経ちました。ARGを編集・発行してきた私はこの間、25歳から35歳になりました。10年前はARGの縁でお目にかかる方にはどなたからも、「ずいぶんお若い方だったのですね」とお声がけいただいたものです。しかし、10年という歳月は十分に長い時間です。私も四捨五入すれば40歳に手が届く35歳となったことに、この10年間という歳月の重さを感じます。今日出かけに本日会場にいらしていて、後ほどライトニングトークでお話いただく佐藤翔さんのブログを読みました。佐藤さんがブログにこう書いていました。

しかし、10周年かARG…10年前って自分がちょうど中学1年の頃で、自宅にまだインターネットが開通していない頃だよ

・「ARGカフェに行って来るよ」(かたつむりは電子図書館の夢をみるか、2008-07-12)
http://d.hatena.ne.jp/min2-fly/20080712/1215823432

当時中学1年生……。いや、あまりの若さにのけぞりました。その佐藤さんがいまでは大学院の修士課程1年生ですから、なるほど確かに10年という歳月が流れたわけです。

さて、この10年の間には様々な変化がありました。ARGはメールマガジンとして創刊されたわけですが、発光部数は当初の100部から最盛期で5000部、現在でも4600部となっています。この間の発行回数は330回を超え、130名以上の執筆者を迎えました。ちなみにARGカフェの開催にあたっては、約130名の方すべてに招待状を出したのですが、本日はそのうち9名の方にご来場いただいています。お名前を挙げますと、赤間道夫さん、牛山素行さん、小笠原盛浩さん、小林秀高さん、佐藤翔さん、永崎研宣さん、二村一夫さん、長谷川豊祐さん、藤巻修一さんです。なお、この後のライトニングトークには、以上9名のうち5名の方にご登壇いただきます。この10年という時間は執筆者の方々に当然訪れています。たとえば、執筆当時、いまはなき郵政研究所に出向していた小笠原さんは、その後、お勤め先を退職して、大学院生となりました。この春からは東京大学で教員となっています。同様に当時は助手や院生という立場であった永崎さんや小林さんもいまでは各地の大学で教員として活躍しています。さらに大きな変化があったのは、二村一夫さんでしょう。この10年の間にすでに法政大学大原社会問題研究所を退職し、現在は悠々自適な生活の中でオンラインでの執筆に勤しんでいます。今日こうやって長年ご存知の方にお目にかかり、近況をうかがうにつれ、あらためのこの10年間の長さを感じます。

それではこの10年間はARGに何を与えてきたのでしょうか。一つ言えることは、10年間の継続によって学術情報の老舗メディアの一つというステータスを与えられたということであると思っています。実はこの位置づけには手放しで喜んではいません。ここ数年のことでしょうか。読者や批評対象となった方々からご批判をいただく際に、「影響力のある老舗メディアの見識としていかがなものか」という枕詞がつくようになったからです。ARGはあくまで個人のメディアととらえている私にとって、老舗という位置づけは決して嬉しいことばかりではないのです。

さて、ここで10年前に立ち戻って、ARG創刊当時の元々の意識はどのようなものであったかを探ってみましょう。もちろん、この10年の間に様々な後付けをしてしまっていることは否定しません。10年前、ARGを始めるにあたって、私が強く意識していたことがあります。当時、様々な分野で「デジタル化」と「ネット化」が進行しつつあったのですが、この一点において、相異なる様々な専門分野はつながっていくという予感であり、予測です。

具体的な例を挙げましょう。ARGの創刊前後に私は情報法やサイバー法の研究者たちと密接な関わりを持っている時期がありました。情報法・サイバー法の研究コミュニティーでは法令の電子化が盛んに論じられていた時期です。法の門外漢である私は、法の専門家たちの議論を聴きながら、彼ら・彼女らの考えと日本文学の世界で古典の電子化に当たっていた方々との共通点を感じたのです。あるいは1999年に発足したメディアと経済思想史研究会(MHET)という研究会に熱心に関わったことがあります。この研究会には今日会場にお越しの赤間さんのお誘いで参加したのですが、経済学やメディア論の研究者たちが、インターネットに対する関心という点で共通点を持っていることに気づかされたのです。

こういった経験と知識に基づき、分野の垣根を越えてデジタル化やネット化を通して人と人、分野と分野をつなぐことを心がけてきたのが、ARGの活動です。10年前に抱いた予感や予測がかなりの部分で正しかったことは、本日会場にお集まりいただいた60名の方々の顔ぶれの多彩さが雄弁に語っているでしょう。これはこれで嬉しいことであり、またきわめて光栄なことと思っています。しかし、過去や現在から未来に目を転じると、つなぐメディアとしてARGのままでよいのかという疑問を私自身が強く持っています。メディアという言葉の語義通り、ARGは媒介役に留まっているのも事実です。いってみれば、ARGを軸とした同心円的な関係がARGの創り出しているコミュニティーなのでしょう。しかし、情報爆発が叫ばれる時代でもあり、それでよいのか、もっとできないか、と思いもするのです。

このままでいいのかと思うのは、ARGが私という一個人の依存したままでよいのかと考えるからでもあります。この10年、学術ウェブの担ってきた方々が亡くなる事態に遭遇してきました。ここ数年でも災害情報学の廣井脩さん(2006年)やメディア・リテラシー研究の鈴木みどりさん(2006年)、社会心理学者の廣岡秀一さん(2007年)の死去がありました。もちろん、私自身はまだ健康を案じる年齢ではないでしょうが、やはり個人で担うという現状はARGの現在の姿を考えれば、リスクが高いようにも思うのです。

もう少し未来の話に転じていきましょう。私はARGという活動の正しさを信じています。しかし、信じていればこそ、構造転換の必要を感じます。では、どのような転換でしょうか。それは簡潔にいえば、「媒介から基盤へ」「メディアからプラットフォームへ」ということです。少し昔の言葉であれば下部構造と、最近の流行りの言葉であればアーキテクチャともいえるかもしれません。さきほどの同心円的な関係のように、人と人、知と知を直接媒介するのではなく、人と人、知と知が互いに出会う場を提供していきたいということです。

もう少し具体的に、そしてARGの原点に立ちかえりつつ、今日のARGカフェという場に引き寄せて語りましょう。ARGのサイトのURLをご記憶の方はいるでしょうか。ARGのサイトのURLは、

http://www.ne.jp/asahi/coffee/house/ARG/

となっています。ARGの一つ、二つ上の階層の言葉を組み合わせてご覧ください。「Coffee House」となります。いま思えば10年前の若気の至りかもしれません。しかし、このコーヒー・ハウスというのは、私にとって一つの理想です。コーヒー・ハウスは17世紀の中盤から18世紀にかけてイギリスで大流行しました。コーヒー・ハウスにはコーヒーを飲むために人々が集まったわけですが、人の集うところから文化が生まれます。たとえば、ロイズ・コーヒー・ハウスが有名です。船主が多く集まったロイズ・コーヒー・ハウスでは、船舶の運航情報を掲載する「ロイズ・ニュース」を発行するようになりました。頻繁なニュースのやりとりが嵩じて、ロイズ・コーヒー・ハウスは船舶保険を取り扱うようになります。これが有名な保険会社・ロイズの起源として知られています。コーヒー・ハウスとしてのロイズから保険会社としてのロイズが生みだされました。人の集まりがニュースを集め、それが確率に基づく保険というビジネスを生み出したわけです。

コーヒー・ハウスのエピソードは現代においても依然として有効でしょう。人と情報が離合集散していくその上で、あるいはその果てや末に何らかの文化が生まれてくると私は信じます。創刊10周年を経たARGは未来に向かって、かつてのコーヒー・ハウスのような場をオンラインとオフラインの両方で提供していきたいと思います。そして提供していなくてはいけないと考えています。そのためにはARG自体が先ほど述べたように「媒介から基盤へ」「メディアからプラットフォームへ」と転換していかなくてはいけません。オンラインでの転換にはまだ若干時間が必要です。とはいえ、私自身、この10年の間、ウェブで仕事をしたきた分、オンラインで何かを始めていくだけの自信と手応えを持っているということだけは申し添えておきましょう。他方、オフラインでの転換が、まさにこのARGカフェという今日のこの場です。コーヒー・ハウスを語りながら、なぜカフェなのだという指摘はご勘弁を。単に語呂の問題ですから……。

さて、今日のARGカフェでは、かつてのコーヒーハウスにおけるニュースと同様の役割・機能を持つ演目としてライトニングトークを用意しています。11人のスピーカーが1人5分厳守というプレッシャーの下で皆さんに向かって語りかけます。今日この場に集った60人と11本のニュースが出会うことで、新たな何かが生み出されてくることを願って、私の話を終えたいと思います。