2008-04-18(Fri): 「利用者のつながりを創り出すコミュニティ指向型図書館システム」を読んで

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あいにく参加できなかったのだが、

2008-03-28(Fri):
第65回デジタル・ドキュメント研究会第90回情報学基礎研究会
(於・東京都/専修大学神田校舎)
http://www.ipsj.or.jp/katsudou/sig/sighp/fi/cfp/20080328/

で発表されたProject Shizukuメンバーによる「利用者のつながりを創り出すコミュニティ指向型図書館システム」の予稿がつくばリポジトリで公開されている。

・常川真央、小野永貴、安西慧、矢ヶ部光「利用者のつながりを創り出すコミュニティ指向型図書館システム」(「情報処理学会研究報告 DD」65、情報処理学会、2008-03-28)
http://www.tulips.tsukuba.ac.jp/dspace/handle/2241/98548
・「Shizukuの論文が、つくばリポジトリ上で公開されました」(Shizuku開発ブログ、2008-04-10)
http://www.shizuku.ac/blog/2008/04/shizuku-1.html

この論文に対して、katz3さんがレビューし、

・「Shizukuに関する論文を読んだ記」(図書館断想、2008-04-16)
http://d.hatena.ne.jp/katz3/20080416
・「論文へのフィードバックを頂きました。」(Shizuku開発ブログ、2008-04-18)
http://www.shizuku.ac/blog/2008/04/post-16.html

さらにそれを受けて、Project Shizukuメンバーである常川真央さんがコメントしている。

・「Shizukuの今後を考察する(1):コミュニティの「囲い」にあたる機能」(図書館情報学を学ぶ、2008-04-18)
http://d.hatena.ne.jp/kunimiya/20080418/p1

さて、私も一読後の感想を記しておこう。

情報処理学会の研究会というと、自分もデータベースシステム研究会(DBS)に所属しているので、DBS研究会が主催・後援する研究会にときおり参加している。

2007-11-27(Tue)〜2007-11-28(Wed):
データベースとWeb情報システムに関するシンポジウム(DBWeb2007)
(於・東京都/東京大学生産技術研究所
http://castor.kyoto-su.ac.jp/dbweb2007/

2008-01-24(Thu)〜2008-01-25(Fri):
第144回データベースシステム研究会
(於・群馬県伊香保温泉ホテル天坊)
http://www.jaist.ac.jp/~hideaki/dgb200801/

2008-03-09(Sun)〜2008-03-11(Tue):
電子情報通信学会第19回データ工学ワークショップ・第6回日本データベース学会年次大会(DEWS2008)
(於・宮崎県/フェニックス・シーガイア・リゾート
http://www-nishio.ist.osaka-u.ac.jp/dews2008/

これらの研究会では主に修士課程の大学院生の研究発表を聞くのだが、それらと比較すると、Project Shizukuの「利用者のつながりを創り出すコミュニティ指向型図書館システム」はとても学部学生とものとは思えないレベルと思う。どの専門分野でも同じだろうが、コンピューターサイエンスの分野ではときとして重箱の隅をつつくような研究に陥ってしまうことがある。その研究に取り組む根本的な問題意識が不明確なまま、研究だけが進められているのだ。だが、やはり重要なのは明確な問題意識である。問題意識が明確に定められてこそ、その上に積み上げられる研究が生きてくる。

この点において、「利用者のつながりを創り出すコミュニティ指向型図書館システム」はProject Shizukuという取り組みが何を問題とするからこそ、何に取り組もうとするのかをかなり明確に示そうとしていると思う。もちろん、欲をいえば課題がないわけではない。

すでにkatz3さんが

キーは「コミュニティ」であるようだ。短いゆえに仕方ないのだが、文中で言及される機能だけでは「コミュニティ」という(割と大きな)目的にまで至れるのかが不透明。「ちょっとしたコミュニケーション」という意味では全く満足できるんだけども。

と指摘しているが、要するに論考の中でいう「コミュニティ」や「コミュニケーション」の意味範囲や相互の関係がまだわかりにくいように思う。論考では、コミュニティーについては

問題意識の共有によって様々な情報要求を相互に満たすような機構を持つ集団をコミュニティと定義する。

とされているが、「コミュニケーション」については明確な定義が示されていない。

文中、「利用者同士のコミュニケーション促進を目的とした図書館システム」や「本システムでは特に図書館システム上におけるコミュニケーションを支援する機能を提供する」という形で「コミュニケーション」が語られてはいるが、ここからだけではProject Shizukuが想定する「コミュニケーション」の実像がみえてこない。そのため「利用者間のコミュニケーションの基盤を形成する機能」である仮想本棚や「利用者間のネットワークを活用したコミュニケーションを支援する機能」である本棚コメントの位置づけが明確になってこないのだ。

本稿の要旨に立ち返ると、

現在の図書館は、情報提供機関であることを越えて知識創出を支援する機関となることを求められつつある。知識創出を目指すためには、コミュニティの形成が欠かせない。そこで、本システムでは図書館利用者のコミュニティ形成を支援する機能の実装を目指した。

とある。つまり大きくまとめてしまえば、

  1. 図書館を「情報提供機関であることを越えて知識創出を支援する機関」(「知識創出の舞台」)にしたいという理想があり、
  2. そのためには「問題意識の共有によって様々な情報要求を相互に満たすような機構を持つ集団」であるコミュニティーの形成が必要であるという仮説があり、
  3. そのコミュニティーの形成を支援するためには、仮想本棚や本棚コメントといったコミュニケーションの活性化機能という対策がある

を考えているのだろう。だが、やはり「利用者間のコミュニケーション」をもっと詳細に解析する必要があるのではないか。あるいはコミュニケーションに至る前段階にある利用者個人の自己表現欲求に注目する必要があるのではないか。

もう少し細かくみよう。本稿では「利用者が気楽に他利用者とコミュニケーションをとる」ことが重視されている。だが、まずは気楽な自己表現があり、そこから利用者の間に相通じる関心が発見されて「利用者間のコミュニケーション」に発展していくはずだ。一口にコミュニケーションといっても、人と人とが相通じるようなコミュニケーションに至る前段階には、より無意識的な自己表出や自己表現がある。そういった利用者の暗黙・潜在の欲求をどのようにすくいあげ、つかみとるのか、この点がもう少し緻密に議論されてもいいように思う。

そう思うと、katz3さんが述べている

Public Relations(広報)論やらを繙いて、(ちょいと遠回りに)思想や概念面を強化してみると深みが出ると思う。システム開発系の論考は、どうしても「機能解説」に偏りがち、あるいは即物的な目的を達成することに話が行きがちになるので、そのテーマの掘り下げる余地の有りようを読み手に感じさせることができると、もっとレベル高くなれるよ。

というリクエストに私も賛成したい。まだ時間は十分にある。コミュニケーションとは何か? コミュニティーとは何か?といった思索を深め、議論を重ねる時間を持つことは、Project Shizukuの可能性をより一層広げてくれると思う。

ここで、この本を読めばいいと専門書の一冊でも紹介できればよいのだが、残念ながらそれほどの知識はない。ただ、自分が日常において、あるいは日本語で提供されるコミュニティーサービスのウェブプロデューサーであったときに、コミュニケーションのあり方を考える上でしばしば読み返した本を一冊挙げておこう。参考になるところがあるかもしれないし、ないかもしれない。

生きることと考えること (講談社現代新書)
森有正著『生きることと考えること』(講談社現代新書、1970年、756円)
http://www.amazon.co.jp/gp/product/4061156403/arg-22/

ところで本稿はProject Shizukuにとって初めての対外的に発表した業績と思う。各所で講演の機会も持っており、そろそろサイト上に関連資料を掲載するコーナーをつくっておくとよいのではないか。情報が集約されていると何かと便利なので、ぜひお願いしたい。
・「Project Shizuku、サイトを公開」(新着・新発見リソース、2007-08-12
http://d.hatena.ne.jp/arg/20070812/1186850917
・「Project Shizuku、Shizuku開発ブログを公開」(新着・新発見リソース、2007-09-09)
http://d.hatena.ne.jp/arg/20070909/1189268364